体臭になぜ悩むのか
なぜ、人は体臭で悩むのか?
体臭の悩みの本質は、「人はなぜ悩むのか?」という基本的な問の中にあります。
ここで「悩み」と「欲求不満」の違いを考えてみましょう。
動物にも欲求不満はありますが、悩みはありません。何日もエサにありつけないノラ猫にも空腹という欲求不満はあるでしょうが、「最近は不景気で残飯まで少ないニャー。子沢山でこの先どうなるのかニャー」などという悩みにまではならないのです。悩みは欲求不満のより高度な表現形だからです。
体臭治療で「生活リハビリ」
体臭の悩みが高じると「こころの病」が「生活の病」へと態を変え、日常生活まで支障をきたすことがあります。
近頃では、「クサイ」「キタナイ」などの言葉の暴力を使ったいじめが目立ってきました。子供たちの間ではそれがきっかけとなった登校拒否も増加しています。体臭を気に病むあまり、対人恐怖症に陥って何力月も家に閉じこもってしまうことも稀ではありません。
体臭で悩む人にとっては、分かってもらいない悩み
体臭で悩む人が初めて胸の内を明かすのは、たいていは親しい身内でしょう。ところが相談相手の反応は、十中八九、次のようなものです。
「気のせいじゃないの?」
「体臭くらいでクヨクヨしないで!」
「そんなことで悩んでいないで勉強でもしたら!」
体のニオイのことを気にしたことのない人にとっては「たかが体臭」程度なのです。
あなたは「クサイ」と言われたことありませんか?
あなたは人から「クサイ」と言われたことはありませんか?
直接言葉ではなくても、話の最中に相手が不意に鼻に手をあてたり、急に咳き込まれたりした経験はいかがですか?
また、あなたは人から「太っている」とか「足が短い」など自分が気にしている体の特徴を指摘されたことはありますか?
このような言葉は、どちらも人を傷つけます。しかし、前者と後者では痛手の受け方に決定的な差があります。
なぜなら「太っている」「足が短い」といったことは、しょせん人間の価値のごく一部であって、それを他人にどう思われようと気にしなければ関係のないことです。足の短いことが不快ならば「見なければいいでしょう」と開き直ることもできます。「運動は苦手だけど、勉強でがんばってクラスで一番になろう」と昇華する、他のことで努力する励みにもなります。